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中井久夫 監修・解説 2016『統合失調症をほどく』(ラグーナ出版)。

統合失調症をほどく第一級のテキスト

統合失調症の当事者やその家族、精神科医から絶大な信頼をえている臨床の精神科医である中井久夫氏による数々の言葉をテキストとして、ラグーナ出版で働く統合失調症の「患者」たちが編みなおしたものが本書である。

そのテキストを読んで「考える患者」たちがコメントし、体験談や中井氏との対談などから構成されている。「考える患者」とはラグーナ出版で働く統合失調症患者たちであるが、ひいては統合失調症の読者たちのことでもあるだろう。

「当事者研究」で有名な北海道浦河の「べてるの家」の人々が統合失調症患者の「軟」的志向だとすると、本書の「ラグーナ出版」の人々は直接的「硬」的志向であるとい言えるかもしれない。

タイトルの『統合失調症をほどく』の「ほどく」とは、「解く」であり、回復を意味する「寛解」(かんかい)を目指すための本である。私の知る限りでは、これほどよくできた本は無いように思う。たまには本屋に行くものだなぁと感じた一書である。

また、この本は「臨床の場」、「看護師」「医師」「当事者」「その家族」にとって、きわめて有意義なものであるといえる。中井氏の言葉は統合失調症を持つものにとって、とても「腑に落ちる言葉」があり、「どうしてこうも、分かっているのだろうか?」、「そういうことか!」と感じるほどである。なぜ中井氏はこうもわかるのだろうかと考えてみると、おそらく中井氏は、ポール・ヴァレリーをはじめとして、詩歌の翻訳をやっており、精神医学的知識・経験と「詩心」と合わせ持つからではないか。詩心は、直観と理論との橋渡しをするのではないかと私には思われるのである。

私(統合失調症当事者)は、しばらくは中井久夫氏の言葉とともに、統合失調症を解(ほど)いていきたいと思うのである。2016年の中でも、収穫のあった一冊である。

ちなみに、『中井久夫集』[全11巻]が来年2017年1月、みすず書房より刊行開始されるそうです。

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福知寿彦2014『家族が統合失調症と診断されたら読む本』、幻冬舎。

現代の「統合失調症」の理解不足を補うには、最適な一書

 最新の統合失調症とそれに関連する動向と対処法が書かれたのが本書だ。

 著者の見るところによると、最近の統合失調症は「軽症化」しているという。これは、精神科病院の敷居が低くなり、患者が躊躇なく早期に受診したり、良い薬が出てきたことで陽性症状(幻覚・幻聴・妄想など)が治まり、軽くなっているとの著者の認識だ。著者の認識だけではなく、臨床の精神科医なら誰もが気づいていることだと言う。

  陽性症状(幻覚・幻聴・妄想)と陰性症状(意欲が低下し感情の起伏がなくなり、周囲とコミュニケーションをとることが難しくなったりする)は薬により比較的抑えることができる。それらが社会生活を阻むものであった。しかし、陽性症状・陰性症状ともに薬で抑えられることで社会生活を運ぶことができるかというと、そうではない。 薬の効かない「認知機能障害」というものが社会生活を阻むことになる。それが統合失調症患者の現状だという。

 では、「認知機能障害」とは何か。本書では以下のように定義している。
「認知機能障害とは物事に対する判断や理解力などに支障が出ること。その結果としてコミュニケーション力が著しく低下することが統合失調症の大きな問題点です。患者さんの多くは、病気の発症以前に比べて、生活がしづらくなったと感じますが、それはこの認知機能障害が主な原因です」(pp.38-39)。

  本書はタイトル通り、当事者というよりも家族が理解していないといけないことや、発症後あるいは退院後の社会生活についても書いてあり、そういう意味では 実践的入門書でもある。「恋愛も結婚もあきらめる必要はない」とのパラグラフもあり、そういう意味では家族が読んでも、当事者が読んでも勇気づけられるだろう。

 統合失調症が「軽症化」しているというのは、当事者としてはうれしくもある点だ。だが統合失調症の当事者として私も「認知機能障害」には実際に多くの場面で悩まされている。

私はパートで働いてはいるが、「要領が悪かったり」、「作業スピードの遅かったり」、「記憶ができなかったり」、「会話ができなかったり」と、仕事や社会生活で困っていることの本質が書かれており、納得のいく点、腑に落ちた点も多かった。

 陽性症状・陰性症状が緩和された後に残るのが「認知機能障害」という「人間と人間の関係」つまり社会の中で解決されねばならないということだ。単純なようで、とても難しい障害であるともいえる。そういう意味で欲を言えば、「認知機能障害」について対処する方法をもう少し掘り下げてくれると良かったと思う。

統合失調症、軽症化の理由と認知機能障害 まとめ

統合失調症、軽症化の理由と認知機能障害

統合失調症の軽症化ということが近年、言われている。その理由をまとめてみる。

ここ20年くらいで、統合失調症が軽症化しているということが言えるという。
というのは、心療内科など、精神科病院への敷居が低くなって、初期・軽いうちに受診することができるようになってきたという理由も大きい。うつ病などの精神疾患が広く知られるようになり、精神科が一般の方にとって身近なものになるとともに、精神障害に対する社会の理解も少しずつ深まっており、躊躇せず早期に受診される人が増えている(福智 2014:14)。

そしてもう一つの側面は、良い薬が出てきたということだ。統合失調症の陽性症状(幻覚・幻聴・妄想など)陰性症状(感情・意欲の低下、集中力の低下、感情鈍麻など)に効く薬の出現により、軽症化が進んでいるというのだ。

ただし、ここで問題が出てくる。陽性・陰性症状の後退に伴い新たに出現した問題として、「認知機能障害」がクローズアップされてきている「認知機能障害」とは記憶力の低下や注意力の低下、作業スピードの低下、などである。
「認知機能障害」は、「他の症状が良くなったようにみえても長く残存し、一見しただけでは気づかれにくいのである。この認知機能障害が、統合失調症の人の社会復帰や就職の足を引っ張ったり、日々の生活を困難なものにする」(岡田 2010:127)。

ちなみに今現在の段階で、認知機能障害に効く薬はないという。

 (参考文献)
岡田尊司 2010『統合失調症 その新たなる真実』(PHP新書697)。
福智寿彦 2014『家族が統合失調症と診断されたら読む本』幻冬舎MC。









統合失調症関係 参考文献

統合失調症関係 参考文献

統合失調症関係の書籍をアップしていきたいと思います。
かたよりがあるかと思いますが、何かの参考になればと思います。
随時、追加していきたいと思います。



帚木蓬生『閉鎖病棟』新潮社。(小説)

松本昭夫『精神病棟に生きて』新潮社。(自伝)
松本昭夫『精神病棟の二十年』新潮社。(自伝)
中村ユキ2008『わが家の母はビョーキです』サンマーク出版。(漫画・ノンフィクション)
中村ユキ2010『わが家の母はビョーキです 2』サンマーク出版。(漫画)
卯月妙子2012『人間仮免中』イーストプレス。(漫画・ノンフィクション)
ハウス加賀谷・松本キック 2013『統合失調症がやってきた』イーストプレス。(自伝)

佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく(精神科編)』講談社。(漫画・フィクション)

NHK「生活ほっとモーニング」2005『統合失調症を生きる~当事者・家族・医療の現場から』NHK出版。

中井久夫2007『こんなとき私はどうしてきたか』医学書院。(医者から)
中井久夫『精神科治療の覚書』日本評論社。
中井久夫2009『精神科医がものを書くとき』ちくま学芸文庫。
中井久夫『治療文化論』岩波書店。
中井久夫『分裂病と人類』東京大学出版会。
中井久夫2010『隣の病』ちくま学芸文庫。
中井久夫2011『世に棲む患者』ちくま学芸文庫。

笠原嘉『精神病』岩波新書。(医者から)

向谷地生良『技法以前 べてるの家のつくりかた』医学書院。
横川和夫『降りていく生き方』太郎次郎社。
べてるの家『べてるの家の「非」援助論』医学書院。
べてるの家『べてるの家の当事者研究』医学書院。
蟻塚亮二 2007『統合失調症とのつきあい方―闘わないことのすすめ』大月書店。

西川正『分裂病治癒者のカルテ』星和書店。
森山公夫『統合失調症―精神分裂病を解く』ちくま新書。
計見一雄『統合失調症あるいは精神分裂病』講談社メチエ。
 ?『家族のための精神分裂病入門』星和書店。

伊藤順一郎『統合失調症 正しい理解と治療法』講談社。
伊藤順一郎『統合失調症/分裂病とつき合う』廣済堂。
福智寿彦2014 『家族が統合失調症と診断されたら読む本』幻冬舎。


特集「統合失調症」、『こころの科学』120号、所収。
特集「精神分裂病」、『こころの科学』60号、所収。
特集「統合失調症とのつきあい方」、『こころの科学』2010.10月

岡田尊司2010『統合失調症 その新たなる真実』PHP新書697。





横川 和夫著 『降りていく生き方 ―「べてるの家」が歩む、もうひとつの道』

生きづらさを捨てていくということ

 「べてるの家」は北海道浦河町にあり、さまざまな商売・事業を、統合失調症患者を中心として精神障害を持つ人々が行っている社会福祉法人のことである。昆布の袋詰め作業、病院の清掃、食器洗い、配膳などいろいろな仕事を行い、年商一億を超える。

 本書は、「病気による生きづらさ」をどうやって解消しているのかということについて丹念に聞き取り取材を行った記録からなる。「べてるの家」の関連本は「当事者研究」をはじめとして近年何冊か出ているが、本書は「降りていく生き方」をキーワードに据え、当事者ではない第三者から見た「べてるの家」である。

 特徴的なのは「べてるの家」の人々をサポートするソーシャルワーカーである向谷地生良さんや、精神科医・川村敏明さんが、なぜそのような取り組みを始めたのかを学生時代までさかのぼって「人間観・人生観」についても取材されているところだ。他の、べてるの本にはあまり紹介されていない影の部分(バックボーン)が紹介されているので、このあたりも興味深い。

 著者の横川和夫氏の取材の妙が現れているところは、精神障害者を通して、普遍的な人間の生きづらさ、本質的なものを言い得ているのではないかと思うところである。そうでありながら、本書は大変面白く、興味深く、読んでいくうちにぐいぐい引き込まれる。

 ここでは、そのことにはあまり触れずに、本書のタイトルでもある「降りていく生き方」とは何なのか、以下引用する。

 「ほんとうの回復というのは右肩上がりの高いところにあるのではなくて、自分のなかの低いところ、それも自分の真下にあることがわかった。つまり妄想は消えないけれど、あきらめることで自分は楽になれたと書いている。それはたんに、病気の回復論ではない、人間のあり方、生き方を語っているのだと思いますね」(p.60)。

 「私たちは近代化や合理化を通じて、人間として本来もっている基本的に大切なもののうえに、学歴とか経済力とかを、オプションのようにプラスアルファの価値として身につけてきたわけです。回復するということは、人間が人間であるために、そういう背負わされた余計なものをひとつずつとり去って、本来の自分をとり戻していく作業なんです。何をしたらよいか、何をしてあげなければならないかではなく、何をしないほうがよいか、何をやめるか、つまり足し算ではなく引き算が、べてるの家のキーワードです。それが降りていくということでもあり、そうすることによって、人間が本来もっている力を発揮できるようになっていく、という考え方なんです」(p.67)。

 「人間の持つ弱さ」を認めること。つまり、等身大の自分を認めること。無理に背伸びをしないこと。今・ここにいる自分の「ありのまま」を認め、それに満足すること。私も精神病当事者で、かつて今は亡き大学時代の恩師に「一度裸になって取りとめのない日々を過ごしては如何」と手紙をもらったことがあるが、長い間その意味がわからなかった。この本を読んで、これは恩師が僕に「余計なものは捨てて」、「本来の自分を取り戻せ」と言われているように感じた。
 
 「ほんとうの回復というのは右肩上がりの高いところにあるのではなくて、自分のなかの低いところ、それも自分の真下にあることがわかった」という主張に耳を傾けずにはいられない。この思想は、精神病者だけでなく、現代を生きる人々にも通じる価値ではなかろうか。

(2011/08/25 BK1へ)





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プロフィール

mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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