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上野千鶴子『 身の下相談にお答えします』

自己の利益はすべて他者につながっている

 本書は朝日新聞の身の上相談(「悩みのるつぼ」)に掲載されたものの文庫化である。

 本書のタイトルは「身の下相談にお答えします」という少々ふざけたタイトルであるが、質問も回答者である上野千鶴子も大真面目であるが、時に厳しく、時にユーモラスに答えている。

 「身の下」の質問は一章、二章で扱われている。生きていくうえで切実な性に関する「身の下」問題に鋭く答えている。あとは7章まである本書は、硬い内容のものも多い。

 上野は社会学で培った「当たりまえ」を当たりまえと思わず疑う視点、物事を相対化するといった視点と、上野自身の経験(伝聞を含めて)から、答えを導きだす。質問者にとっては、少々「イタイ」回答も少なくはないが、それは質問自体の問題を俎上にのせ、質問者自身にあえて厳しく向き合う態度ともいえる。

 上野の回答に貫かれている思想・智慧は「自己利益」優先(自らの幸福を優先)ということだろう。

 たとえば、3・11が起こってから、ようやく自分以外のことに興味を持ち始めたという質問者に対して上野は以下のように言う。

 「『自分にとっての最重要関心は自己利益』」って31歳にしてこの真実にたどりついたあなたは賢明です。はい、まったくそのとおり。(中略)3・11で急に『自分以外のことに興味を持ち始めた』ですって?逆でしょう。3・11でようやく自分の利益を真剣に考えはじめたのじゃありませんか?地震も原発も、他人事ではありません。放射能汚染に敏感になり、線量計を買いに走り、マスメディアは信用できないと思い、原発関係の本を読みあさる……ようになったのは、すべて自分のためではないでしょうか」(p.233)。

 ユニークな質問群に対し、その質問自体を相対化したり、質問の裏にあるものをえぐったり、真面目だがユニークな質問に、これまた真面目だが機転を利かせた回答に引き込まれぐいぐい読んでしまった。

 「人生相談」というのは、その質問者には「欲しい答え」があるようにも思われるが、その意図を見事に裏切る上野千鶴子の回答に脱帽の一冊だ。








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現代思想2011年12月臨時増刊号 総特集=上野千鶴子

まるごとの人間としての上野千鶴子論

 「泣く子も黙る」、「ケンカの強い」、「おひとりさまの」、そんな形容詞がつきそうな上野千鶴子を特集した雑誌が出た。まるごと一冊、上野千鶴子についての本だ。

 執筆陣は、日本のフェミニズム(女性解放運動)の先駆的役割を果たしてきたころからの仲間(女性)たち、また鶴見俊輔、見田宗介、樋口恵子ら重鎮たち、ジェンダー論を共に牽引してきた江原由美子、あるいは社会学の俊英・立岩真也や小熊英二といった研究仲間。『逝かない身体』の川口有美子、『リハビリの夜』の小児科医・熊谷晋一郎に至るまで、50人ちかくにも及ぶ人々より構成されている。

 研究者としてだけでなく、教育者としての上野。教え子たちの座談もある。教え子、あるいは上野と接近遭遇した執筆陣それぞれの上野への「思い」みたいなものも加味され、著作だけからでは伺い知れない「まるごとの人間として」の上野千鶴子像も浮かび上がる。そういう私的側面を垣間見ることができ、私みたいな私淑の徒(というよりもファン)にとっては、たまらない一冊でもある。

 もちろん上野の公に出版された著作の位置づけや、裏話あるいは、その著作の目的といったことも語られたりする。例えば、ベストセラーになった『おひとりさまの老後』だが、その狙いは、「ネガティブ一色だった単身高齢女性イメージの転換」をはかることで、「確信犯的に恵まれた層をとりあげた」ということが、小熊英二との対談によりわかったりする。

 つねに「戦略的」「挑発的」「論争的」「確信犯的」に発言したり書いたりする上野なので、誤解や批判も多いが、この特集が今後、学問分野を超えて、ジェンダー研究やフェミニズムに大きな力を与えるとともに、上野千鶴子を正当に評価する一つの材料となることを願う。







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(2011.11 BK1)

中西 正司、上野千鶴子 『当事者主権』

当事者からの具体的かつ智慧に富む提言の書

 この本は新書としてかかれており、実践の本でありながら、知的興奮を伴い、活力を与えられる本である。また、抽象と具体を行き来し、当事者が横断的に書かれているという点で、混乱もみられる。だが、そこが、本書の狙いであり、今後の議論や実践に続くための提言として有効であり、戦略的でもありうる。

 本書の主張は様々あるが、重要な何点かを挙げてみよう。

1、当事者性の相対性の主張。
 障害者、女性、高齢者など、さまざまなマイノリティが、その社会的力関係により差別され、差別するものになりうるという差別の相対性を明らかにしている。また、社会的弱者とされる当事者が誰にでもなりうる可能性のある極めて一般的なものであることを明らかにしている。また、社会を変える上で、当事者であるという意識を持つことをすすめてもいる。

2、自立という考え方の庇護(パターナリズム)からの脱却。
 介助・介護する家族のことを考える当事者を軽視した介護からの脱却を謳っている。庇護の下での当事者の立場ではなく、当事者の自立を考えたうえでの当事者の自立を謳っている。

3、社会優位の立場からの当事者の立場へのパラダイム転換。
既存の社会の立場に立った現場から、受ける当事者への現場・実感の尊重を主張している。当事者が悪いのではなく、当事者にさせられている社会が悪いのだという主張である。社会を変えれば当事者性は失われるとの主張である。

4、専門家支配からの脱却。
 従来の専門家(医者や学者)からの当事者的実感・経験の知の尊重の重要性を主張している。しかしそれは、専門家の知や経験を否定するのではなく、見えない部分もあるという主張であり、両者の智慧の中からの当事者の弱さを乗り越えようとしている。

 私は、いじめられた経験があり、精神障害者であり、偏見の強い宗教団体に属している。経済的にも弱い立場にいる。というところから、『当事者主権』の主張には極めて強い共感を持った。しかし横断的に書かれているにもかかわらず、精神障害者に対する当事者性というものへの言及が少なかった。また人種や民族、あるいは宗教的マイノリティに至っては、ほとんど無かった点が残念であった。精神障害を持つものとして、また付き合っていく中で、専門知の強さを実感を持って経験している。精神障害者はカウンセラーや医者の言うことには逆らえないのだ。いや、さからう気力、あるいは、考える能力すら奪われている。カウンセラーや医師の言うことが絶対なのである。精神障害者という当事者は本書でも言及されている通り、まだまだ発言力は弱い。そういった点で、専門知と当事者の知との共存のあり方を本書の提言を足場にすることができるといえよう。

 「当事者は変わる。当事者が変われば、周囲が変わる。家族や地域が変わる。変えられる。地域が変われば、地域と当事者との関係が変わる。当事者運動は、自分たちだけでなく、社会を変える力を持っている」(148)。
 私も様々な立場での当事者の一人として、それを実感している。私はこの本を読んで、後に続くものとして勇気づけられた。

(2003年11月、BK1に投稿。) 






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プロフィール

mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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