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益田ミリ『泣き虫チエ子さん 4』 集英社、2015。

昨日、発売された益田ミリの新刊、『泣き虫チエ子さん 4』を読んだ。
ずっと発売されるのを待っていた。予定日の一日遅れで書店に入荷したようだ。

1巻から読んできて、今回の4巻で完結だ。

この『泣き虫チエ子さん』シリーズは、日常の何気ない生活がどんなに幸せなもの
であるかを再確認させるものである。
今回の4巻もやはり読んでよかった。楽しみにしていた甲斐があったというものだ。

夫婦二人で生きていく知恵や、楽しみをいうものが詰まった作品であった。
楽しく素敵に過ごすすべやアイデアもちりばめられているのだ。

僕はすごく好きな作品であった。完結してしまったのが、惜しい。
何度も読み返すに堪えるコミックエッセイである。







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加藤周一・樋口陽一(対談)『時代を読む   「民族」「人権」再考』小学館、1997.

日本人・日本国民のアイデンティティとしての憲法九条

  先日亡くなられた加藤周一と、憲法学者・樋口陽一との対談である。「時代を読む」というタイトルだが、戦後を振り返るところから始まり、憲法施行50周年を前にして、二人が「憲法」「人権」「自由」「平等」「民族」「国家」「近代」「歴史」など、さまざまに論じあっている。決して抽象的にならず、歴史的な事実関係、具体的な時代状況を重視し対談は進められる。対談した1996年の日本や世界の状況をもよく見据えながら、一般論でなしに、具体的に論じているところが好感をもてる。10年以上前の本なので、いささか言い古された感も否めないが、ハッとするような視点、論点を提供してくれる本である。加藤の言葉を中心に言葉を拾ってみることにする。

 絶対的に正しい戦争はない、戦争の「義」とは相対的なものだということについて、加藤は次のように言う。「ほとんどすべての国際紛争はシンメトリーになっていて、どちら側から見るかで正反対になる。だから、悪いやつだけは例外であると言っても全然意味をなさないわけで、立場を変えれば悪いやつが良いやつになる」(加藤pp.104-5)。

 また、文化の「正しさ」の相対性や多数決や、多数派や小数派の意見について、「日本の政治家はミルやトクヴィルを読んだほうがよいと思う。日本社会はもう少し彼らを本当に評価する必要があった。それなしで多数決ということになると、我々がよく聞くように議会で『多数決だから我々が正しい』ということがまかり通ることになる。/多数だから正しいのではなくて、正しいのはどっちかわからないから、仮に多数に従う。これが勘どころだと思う」(加藤 pp.180-1)と述べる。

 だからと言って、加藤も樋口も、文化相対主義や多文化主義の隘路に陥ることはない。「人権というのは、個人の自己決定に最終的な価値を置く立場であって、これと、それをどうでもよいという文化の間に相対主義的立場をとることはできない。コンスティチューショナリズム(立憲主義)とか人権というのは、批判を可能とする文化です」(樋口p.25)との立場を取る。加藤も人権は西洋生まれだが、普遍的なものであるとの立場を取っている。

 加藤は、どこの国民にとっても、人間の誇りは必要だろうと思うと述べたあと、個人としての誇りのほかに「日本国民」あるいは「日本人」として誇るものは「民主主義と平和主義の他に何があるだろうか」(加藤p.152)と述べている。どうやら片仮名で外国語なまりの言葉を多用するところをみると日本語でもなく、また江戸時代の歌舞伎でもなく、壊し方をみても自然と町の美しさでもないようだと述べたあと、「そうすると何が残るのか。戦争をしないとか軍備を持たないとか、憲法第九条の平和主義ではないか。反戦や軍事力にたいする警戒心が、一番大事な点でしょう。それを明け渡してしまうと、国民の誇りの中心というかアイデンティティの根拠がなくなってくるのではないですか」(加藤p.153)と述べている。つまり「国民のアイデンティティとしての憲法九条の精神」(樋口p.153)を主張している。これを日本人、日本国民のアイデンティティ(≒誇り、拠り所)としたらどうか、ということだ。
 
 結論的に、加藤は進むべき道として、「将来へ向かって行く方向は、主権の制限なのであり、ことに交戦権に関して、主権を制限しなければならない。/別の言い回しをすれば、無制限な主権があって、どの国にも交戦権があるという考え方の結果、戦争は起こったわけです。それがたびたび繰り返されるので、戦争のない世界へ向かって歩み出すためには主権の制限という概念を、まず第一歩として受け入れなければいけない」(加藤p.139)。主権の制限に関して、「憲法九条の交戦権の放棄とはネイション・ステートの主権の制限だ」(加藤 p.188)。と述べ、「核技術の発達によって原子爆弾が生まれて科学武装の時代になり、戦争の性質がまったく変わってしまった(中略)。核兵器が登場する前にはいろんな理由によって武装が正当化されていたけれど、核兵器によって戦争が究極的には『核戦争』ということになると、まったく状況が変わってしまう。最後はどういう方向へ進むべきかというと、武装放棄に行くほかない」(加藤 p.188)という加藤の結論である。

 この本はアメリカ9.11同時多発テロの5年前に編まれたものであり、テロについての発言は少ないが、国連のあり方やアメリカのあり方などにも言及している。時代的制約はあるが、さまざまな含蓄のある言葉がつづられている。



オンライン書店BK1に2009/01/11 投稿

小学館→岩波書店

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帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)著  『閉鎖病棟』(新潮文庫)、1997。

帚木蓬生著  『閉鎖病棟』(新潮文庫)、1997。

現役の精神科医師が書いた小説。専門の統合失調症を中心に据えている。
精神科病棟に入院している人たちの生い立ち、重く抱えたものなどを描いている。
映画化もされているが、書店のポップで火が付き、何年か前にベストセラーになった本。
泣けて感動できる一冊。







統合失調症関係 参考文献

統合失調症関係 参考文献

統合失調症関係の書籍をアップしていきたいと思います。
かたよりがあるかと思いますが、何かの参考になればと思います。
随時、追加していきたいと思います。



帚木蓬生『閉鎖病棟』新潮社。(小説)

松本昭夫『精神病棟に生きて』新潮社。(自伝)
松本昭夫『精神病棟の二十年』新潮社。(自伝)
中村ユキ2008『わが家の母はビョーキです』サンマーク出版。(漫画・ノンフィクション)
中村ユキ2010『わが家の母はビョーキです 2』サンマーク出版。(漫画)
卯月妙子2012『人間仮免中』イーストプレス。(漫画・ノンフィクション)
ハウス加賀谷・松本キック 2013『統合失調症がやってきた』イーストプレス。(自伝)

佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく(精神科編)』講談社。(漫画・フィクション)

NHK「生活ほっとモーニング」2005『統合失調症を生きる~当事者・家族・医療の現場から』NHK出版。

中井久夫2007『こんなとき私はどうしてきたか』医学書院。(医者から)
中井久夫『精神科治療の覚書』日本評論社。
中井久夫2009『精神科医がものを書くとき』ちくま学芸文庫。
中井久夫『治療文化論』岩波書店。
中井久夫『分裂病と人類』東京大学出版会。
中井久夫2010『隣の病』ちくま学芸文庫。
中井久夫2011『世に棲む患者』ちくま学芸文庫。

笠原嘉『精神病』岩波新書。(医者から)

向谷地生良『技法以前 べてるの家のつくりかた』医学書院。
横川和夫『降りていく生き方』太郎次郎社。
べてるの家『べてるの家の「非」援助論』医学書院。
べてるの家『べてるの家の当事者研究』医学書院。
蟻塚亮二 2007『統合失調症とのつきあい方―闘わないことのすすめ』大月書店。

西川正『分裂病治癒者のカルテ』星和書店。
森山公夫『統合失調症―精神分裂病を解く』ちくま新書。
計見一雄『統合失調症あるいは精神分裂病』講談社メチエ。
 ?『家族のための精神分裂病入門』星和書店。

伊藤順一郎『統合失調症 正しい理解と治療法』講談社。
伊藤順一郎『統合失調症/分裂病とつき合う』廣済堂。
福智寿彦2014 『家族が統合失調症と診断されたら読む本』幻冬舎。


特集「統合失調症」、『こころの科学』120号、所収。
特集「精神分裂病」、『こころの科学』60号、所収。
特集「統合失調症とのつきあい方」、『こころの科学』2010.10月

岡田尊司2010『統合失調症 その新たなる真実』PHP新書697。





プロフィール

mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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