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益田ミリ 『泣き虫チエ子さん 4』 集英社、2015。書評改め、ふたたび。

「幸福論」と「努力論」としての『泣き虫チエ子さん』

 自宅で靴の修理をしている旦那さん(サクちゃん)と、会社で秘書をしている奥さん(チエ子さん)との何気ない日常を描いた夫婦の物語、シリーズ「第4巻」=完結編だ。

 何気ない日常が、いかに「何気なくない」か「あたりまえではない」か。かつて「何でもないようなことが幸せだったと思う」という歌謡曲の歌詞があったが、この作品ではまさにその「何でもないことが幸せである」という「幸福」が描かれているコミックである。

 そのうえで、何でもないようなことをチエ子さんとサクちゃんの「智慧」や「工夫」と「努力」で、日常を非日常のイベントとしてとらえ、仲よしの夫婦の生活が描かれている。近づきすぎず、離れすぎず、適度な距離を取りながら、仲良く生活を送っている。

 「何でもないことが幸せである」ということは、普段は「何でもない」ことなので、気づかれないことが多い。その何でもないことを「幸せ」と気づいたり、何でもないことに幸せを見出したり、「今が幸せであると自覚している」チエ子さんだが、「今」が幸せであることを自覚することはなかなか難しいことであり「努力」が必要だと思う。

 時にチエ子さんは考える。「自分のこの先の人生に/悲しいことが待ち受けているかもしれない/そんなことは誰にもわからない/この幸せがずっとつづくのかどうかなんてわからない/努力ではどうにもならないことも きっとあるに違いない/けれど/けれど努力できるところは努力していくしかなくて/その努力は実は『ありがとう』とか『ごめんなさい』っていう言葉からはじまっていたりするのではないかな/ってチエ子さんはふいに感じたのでした」(pp.38-39)。

 チエ子さんもサクちゃんも、幸いへ向けて「何でもないようなことを」待っているだけではない。お互い夫婦関係のメンテナンスをしている夫婦でもある。たまに夫婦でボードゲームをしたり、チエ子さんが一人で過ごす時間(カフェ)などを大切にしたり、チエ子さんがサクちゃん(夫)以外の男の人(会社の後輩)と食事したりと、スーパーへの買い物をデートと位置付けたり、サクちゃんの寛容さ、チエ子さんの工夫といった、夫婦関係を仲良く保つような努力をしていることも忘れてはならない。子どもがいなく、二人暮らしのため喧嘩したときの仲裁に「ぬいぐるみ」に入ってもらうなどというユーモアも忘れない。正月には夫婦のどちらかが気を使わないよう、それぞれの実家へ帰って別れてのんびり過ごすような工夫もある。

 ただ単に「何でもないようなこと」を待っているだけではないのだ。そこがこの夫婦がうまくいっている一つのカギでもあるのだ。サクちゃんもチエ子さんもただ待っているだけではなく、いろいろ努力しているのだ。「努力したうえで、幸せに気づく」という、ひとつの夫婦の「幸福」の姿がそこにはある。






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統合失調症、軽症化の理由と認知機能障害 まとめ

統合失調症、軽症化の理由と認知機能障害

統合失調症の軽症化ということが近年、言われている。その理由をまとめてみる。

ここ20年くらいで、統合失調症が軽症化しているということが言えるという。
というのは、心療内科など、精神科病院への敷居が低くなって、初期・軽いうちに受診することができるようになってきたという理由も大きい。うつ病などの精神疾患が広く知られるようになり、精神科が一般の方にとって身近なものになるとともに、精神障害に対する社会の理解も少しずつ深まっており、躊躇せず早期に受診される人が増えている(福智 2014:14)。

そしてもう一つの側面は、良い薬が出てきたということだ。統合失調症の陽性症状(幻覚・幻聴・妄想など)陰性症状(感情・意欲の低下、集中力の低下、感情鈍麻など)に効く薬の出現により、軽症化が進んでいるというのだ。

ただし、ここで問題が出てくる。陽性・陰性症状の後退に伴い新たに出現した問題として、「認知機能障害」がクローズアップされてきている「認知機能障害」とは記憶力の低下や注意力の低下、作業スピードの低下、などである。
「認知機能障害」は、「他の症状が良くなったようにみえても長く残存し、一見しただけでは気づかれにくいのである。この認知機能障害が、統合失調症の人の社会復帰や就職の足を引っ張ったり、日々の生活を困難なものにする」(岡田 2010:127)。

ちなみに今現在の段階で、認知機能障害に効く薬はないという。

 (参考文献)
岡田尊司 2010『統合失調症 その新たなる真実』(PHP新書697)。
福智寿彦 2014『家族が統合失調症と診断されたら読む本』幻冬舎MC。









岸見一郎・古賀史健 2013 『嫌われる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教え』、ダイヤモンド社。

「他者貢献」という導きの星

 日本ではあまりなじみのないアドラーの心理学を、青年と哲人とのダイアログ(対話)形式で説く本である。
 トラウマのような原因論を否定し、目的論的なものの考え方を強く押し出している。以下、アドラー心理学のエッセンスを引用して紹介したいと思う。

 「アドラーの目的論は『これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない』といっているのです。自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ、と」(pp.56-57)。

 「あなたが変われば、周囲も変わります。変わらざるをえなくなります。アドラー心理学とは、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です」(p.115)。

 「われわれはもっと『いま、ここ』だけを真剣に生きるべきなのです。過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような気がしてしまうのは、あなたが『いま、ここ』を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光のなかに生きている証です」(p.271)。

 「人生一般に意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる。あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけなのだ、と」(p.279)。

 「旅人が北極星を頼りに旅するように、われわれの人生にも『導きの星』が必要になる。それがアドラー心理学の考え方です。この指針さえ見失わなければいいのだ、こちらの方向に向かって進んでいけば幸福があるのだ、という巨大な理想になります。(略)他者貢献です。(略)あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、『他者に貢献するのだ』という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない」(pp.279-280)。

 「『わたし』が変われば『世界』が変わってしまう。世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ『わたし』によってしか変わりえない」(p.281)。

 私が深く感銘を受けたのは、幸福へ向かう導きの星が「他者貢献」という方向を向いているところだ。ここにアドラー心理学の核心があるのだと言っても言い過ぎではないのではないか、と思う。








プロフィール

mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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