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岡本太郎 『自分の中に毒を持て』

「芸術は爆発だ」の意味するもの

 岡本太郎の私の印象は、晩年のテレビや雑誌での「自由奔放なおじさん」、あるいは、テレビCMでの「芸術は爆発だ」で有名な芸術家であり、タレントとしてのイメージが強い。そして、その「芸術は爆発だ」という言葉が岡本太郎というキャラクターとともに、作品よりも残っていた。

 今日、「生誕100年 岡本太郎展」が催され、展覧会を取り巻く様子からは、岡本太郎が再評価され、また人気の高さが伺い知れる。

 そんな中、私も展覧会へ行ったり、数冊、岡本太郎の著作を買い求めたりした。その中の一冊が、『自分の中に毒を持て』で、今回取り上げるものである。これは太郎の芸術に関する考えを知るには大変参考になる一書である。また太郎から、常識を疑うモノの見方と、生きる力をもらうことができる一書でもあるだろう。

 そんな点で、本書の重要な論点はたくさんある。が、ここでは、太郎の有名な「芸術は爆発だ」という言葉の真意はどこにあるかを考えてみたい。

 私は、太郎の言う「芸術は爆発だ」は、物理学でのビッグバンのようなもので「僕らにはよくわからないもの」で専門家=芸術家、あるいは岡本太郎の「記号」のように思えていた。その言葉の真意はわからなかった。
 
 また、一般に「爆発」というと、周囲を含め破壊するというイメージが強い。今回の「生誕100年」の展覧会は、権威や既存のものとの「対決」というものをキーワードとして企画されている。確かにそのような「破壊的」意味でも使われることもあるだろう。が、実は太郎の真意はそこだけではない。

 太郎はこう言う。「いま世間で芸術と思っているのは、ほとんどが芸術屋の作った商品であるにすぎない」(p.190)とし、「芸術というのは生きることそのものである」(p.190)。「人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命をつき出し爆発する、その生き方こそが芸術なのだということを強調したい」(p.190)。あるいは、太郎の言う爆発とは「全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと」(p.191)だ。

 これらの文章だけ抜き出すと、少々抽象的で感覚的だ。言い換えてみれば、太郎の「芸術は爆発だ」という言葉は「既成(あるいは権威)の価値を壊す」という「対決」という意味合いとともに、「芸術は人間の内側からの爆発=自己の内面を解き放つこと」であり「本当に生きがいを持って瞬間瞬間に自分をひらいて生きているかどうか」(p.216)だ。
 
 「芸術というのは生きることそのものである」(p.190)。「その(人間の)生き方こそが芸術なのだ」(p.190)ということを太郎は強調する。ここでも「芸術」の意味はいささか抽象的な意味のようにも思えるが、本書を始めから読んでいくと、「ああ、そうなのか」と納得してしまいそうになる。だが、ここで、わかった気にならず、ぐっとこらえて「太郎の言葉」を私たちは、自分の生活の場(文脈)に置き換えてみる必要がありそうだ。以下のように太郎は言う。

 「繰り返して言う。何度でもぼくは強調したいのだ。すべての人が芸術家としての情熱を己の中に燃えあがらせ、政治を、経済を、芸術的角度、つまり人間の運命から見かえし、激しく、強力に対決しなければならない」(p.204)と。たとえ一面、芸術家でない「僕たち私たちも」、その芸術家としての情熱を持ちつつ、政治や経済、あるいは、さまざまな「社会のシステム」に対峙せよ、という太郎の思いが込められているのだ。

(2011.5 BK1へ)







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mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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