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中西 正司、上野千鶴子 『当事者主権』

当事者からの具体的かつ智慧に富む提言の書

 この本は新書としてかかれており、実践の本でありながら、知的興奮を伴い、活力を与えられる本である。また、抽象と具体を行き来し、当事者が横断的に書かれているという点で、混乱もみられる。だが、そこが、本書の狙いであり、今後の議論や実践に続くための提言として有効であり、戦略的でもありうる。

 本書の主張は様々あるが、重要な何点かを挙げてみよう。

1、当事者性の相対性の主張。
 障害者、女性、高齢者など、さまざまなマイノリティが、その社会的力関係により差別され、差別するものになりうるという差別の相対性を明らかにしている。また、社会的弱者とされる当事者が誰にでもなりうる可能性のある極めて一般的なものであることを明らかにしている。また、社会を変える上で、当事者であるという意識を持つことをすすめてもいる。

2、自立という考え方の庇護(パターナリズム)からの脱却。
 介助・介護する家族のことを考える当事者を軽視した介護からの脱却を謳っている。庇護の下での当事者の立場ではなく、当事者の自立を考えたうえでの当事者の自立を謳っている。

3、社会優位の立場からの当事者の立場へのパラダイム転換。
既存の社会の立場に立った現場から、受ける当事者への現場・実感の尊重を主張している。当事者が悪いのではなく、当事者にさせられている社会が悪いのだという主張である。社会を変えれば当事者性は失われるとの主張である。

4、専門家支配からの脱却。
 従来の専門家(医者や学者)からの当事者的実感・経験の知の尊重の重要性を主張している。しかしそれは、専門家の知や経験を否定するのではなく、見えない部分もあるという主張であり、両者の智慧の中からの当事者の弱さを乗り越えようとしている。

 私は、いじめられた経験があり、精神障害者であり、偏見の強い宗教団体に属している。経済的にも弱い立場にいる。というところから、『当事者主権』の主張には極めて強い共感を持った。しかし横断的に書かれているにもかかわらず、精神障害者に対する当事者性というものへの言及が少なかった。また人種や民族、あるいは宗教的マイノリティに至っては、ほとんど無かった点が残念であった。精神障害を持つものとして、また付き合っていく中で、専門知の強さを実感を持って経験している。精神障害者はカウンセラーや医者の言うことには逆らえないのだ。いや、さからう気力、あるいは、考える能力すら奪われている。カウンセラーや医師の言うことが絶対なのである。精神障害者という当事者は本書でも言及されている通り、まだまだ発言力は弱い。そういった点で、専門知と当事者の知との共存のあり方を本書の提言を足場にすることができるといえよう。

 「当事者は変わる。当事者が変われば、周囲が変わる。家族や地域が変わる。変えられる。地域が変われば、地域と当事者との関係が変わる。当事者運動は、自分たちだけでなく、社会を変える力を持っている」(148)。
 私も様々な立場での当事者の一人として、それを実感している。私はこの本を読んで、後に続くものとして勇気づけられた。

(2003年11月、BK1に投稿。) 






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mamu895

Author:mamu895
トーシツの持病(障害)を持っていることもあり、非正規で働くアラフォー男です。なかなか本は読めないし、書評も思うように進みませんが、本は好きなので読んで良かったと思う本・感動した本を紹介していけたらなと思います。今後読みたい本なども書いていけたらと思います。最近になり改めて公共図書館の魅力を感じています。

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